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サッカーの理論をビジネスに活かす。元クラブ職員のディレクターに聞く「戦術的ピリオダイゼーション」

デジタルエージェンシーTAMには、ユニークなバックグランドを持ち、その経験を活かして働くメンバーが多くいます。デザインテクノロジーチーム所属のプロジェクトマネジャー/ディレクターの中村颯介さんもその一人。

中村さんは、ソフトウェア会社の営業、サッカークラブの職員という異色のキャリアを歩んできました。そのクラブ職員時代に「戦術的ピリオダイゼーション」というトレーニング理論に触れ、「これはビジネスにも活かせる」と実感。先日TAMの経営陣に共有し、反響を得たそうです。

サッカーの理論は、ビジネスの世界でどう活用できるのでしょうか? 中村さんのキャリアの変遷や仕事へのこだわりに関するお話を交えながら、戦術的ピリオダイゼーションの趣旨と面白さについてお話を聞きました。


今につながるサッカークラブでの経験

——まずは、中村さんのお仕事について教えてください。

Webサービスの立ち上げや業務用アプリのUI改善、デザインシステムの策定を行うデザインテクノロジーチームで、プロジェクトマネジャー/ディレクターとして働いています。プロジェクトは幅広く、コーポレート/サービスサイトはもちろん、SNSの運用、直近ではブラウザゲームの開発なども担当しています。プランニングからディレクションまで一気通貫で行っています。

TAMTO プロジェクトマネジャー/ディレクター 中村颯介
1993年生まれ。ソフトウェア開発/教育会社、サッカークラブフロントスタッフのキャリアを経てTAMにWebディレクターとして入社。現在はUX/UIプランニングを強みに、コーポレート/サービスサイト、ブラウザゲーム、SNSなど幅広いプロジェクトに従事

——TAMに入社する前から、マネジメントやディレクションの仕事をされていたんですか?

仕事としては違いますが、要所要所にエッセンスはありました。

1社目に就職したソフトウェア会社では、HTMLやCSSといった基礎的な技術を学びつつ、クライアントに対する研修も行っていました。人に合わせて教え方や情報の伝え方を工夫しようとするのは、このころの経験が影響しているかもしれません。

その後、奈良県にあるJFL所属のサッカークラブに転職しました。高校までサッカー部にいたことと、そのチームがヨーロッパの先進的なサッカー教育を実現しようとしていることに興味を持ったんです。

——サッカークラブではどのような仕事をされたんですか?

フロントスタッフとして、営業、広報、会場の設備などクラブ運営に関わる様々なことを担当していました。特に力を入れていたのは企画営業です。

当時、そのクラブならではの企画を作り、企業から協賛をいただくような取り組みが活発でした。自分がその中で担当した企画の一つが「39(サンキュー)プロジェクト」。

コロナ禍で試合ができない中でも、チームとパートナー企業、ファンの方々のつながりを目に見える形で表現しようと、スポンサーロゴを並べて「39」のグラフィックを作り、試合会場に掲げました。

実現したい「絵」を描いたり、Webサイトを作ったり、パートナー企業に企画を提案したり、思い返せば今の仕事につながる経験だったと思います。

その後、コロナ禍のおうち時間を楽しめるようにと配信コンテンツを作ったりする中で、Webやテクノロジーに関する力をもっと身につけたいと感じ、TAMに転職しました。

ビジネスにも活かせる「戦術的ピリオダイゼーション」

——サッカークラブ時代に触れたトレーニング理論を先日、TAMの経営陣に披露したと伺いました。

「戦術的ピリオダイゼーション」と呼ばれる、選手のトレーニングメソッドのことです。

クラブ時代の僕はフロントスタッフだったので、実際にトレーニングをしていたわけではありません。当時の監督がこの理論を紹介する書籍を出版するのを手伝う中で、知識として知りました。

TAMの代表の爲廣さんと1on1をしたとき、クラブ時代のことを話したら、「ぜひ経営会議で共有してほしい」と言ってもらえたんです。

——戦術的ピリオダイゼーションの内容を教えてください。

戦術的ピリオダイゼーションは、試合に勝つためのトレーニング方法であり、マネジメント理論としても捉えられると考えています。

理論の前提となっているのは、サッカーが「不確実性の高いスポーツ」であること。サッカーは、広いグラウンドに合計22名の選手がいて、各々が自由にプレーをします。野球のように攻守の時間が明確に決まっていなくて、試合の状況や求められるプレーは刻一刻と変わっていく。

そうした状況下で選手たちに求められるのは、チームで共通のイメージを描きながら連動することです。試合の中で起きる状況を、特定の基準に基づき「認識」し「意思決定」し「行動」する必要があります。

これは、ビジネスを行う会社にも同じことが言えますよね。会社がうまくいっているとき、そうではないとき、なにかトラブルがあったときなど、様々なシチュエーションに合わせて、一人ひとりが柔軟に意思決定を変えられるのが理想です。

——意思決定の基準をチームで共有し続けるために、戦術的ピリオダイゼーションではなにを推奨しているんでしょうか。

本書の言葉を借りると、戦術的ピリオダイゼーションでは、まず、理想的なサッカーの形、「ゲームモデル」を作ります。会社でいえば「ビジョン」にあたるものです。

ゲームモデルを作る際は、監督の理想やクラブの予算、所属する選手のレベル、ファンの文化的な背景など、様々な要素を加味します。そうして作られたゲームモデルを、選手が表現できるようにプレーに落とし込んでいくんです。

——会社に置き換えると、ビジョンを実現するための「バリュー」や「ミッション」を策定していくようなイメージですね。

その通りで、それを戦術的ピリオダイゼーションでは「プレー原則」と呼びます。「攻め」「守り」「攻めから守りへの転換」「守りから攻めへの転換」の4つのシチュエーションに分け、例えば、「攻めのときはパスを多用する」といった原則をそれぞれ決めていきます。

さらに主原則、準原則、準々原則と、徐々にブレイクダウンした項目を決めていき、細かいプレーに至るまで意思決定の基準を明確にしていく。

——バリューやミッションをさらにブレイクダウンした「行動指針(クレド)」のようなものを作ると。戦術的ピリオダイゼーションの真髄はなんでしょうか?

ここからは僕の解釈を多分に含むのですが、それは「人の学習」に着目している点です。どのようにすれば、選手がゲームモデルを理解し、プレー原則を学び、実際の試合で表現できるようにするかを、アカデミックな知見を含めて分析し、理論に反映しています。

例えば、「サッカーはサッカーからしか学べない」という考えがあります。すべての練習を、ゲームモデルやプレー原則に基づき、試合を想定して行うことを推奨しています。ビジネスで言えば、実際に仕事をする中で学ぶということです。

——成果やパフォーマンスだけではなく、その過程にある「学習プロセス」に着目をしているんですね。

はい。加えて、特に面白いのは「人の疲労」についても科学していることです。週末の試合にピークを持って来れるよう、頭と心と身体に分けて、平日のトレーニングメニューを最適にカスタマイズします。

例えば、試合の前日は身体は休めておきたいが、頭は動かしておきたいので、軽い運動の中で「認知・予測・判断」の神経を動かすトレーニングをするなど、なにを回復させて、どこに負担をかけていくかを具体的に決めています。

ビジネスにおいても最近、「メンタルケア」の重要性が謳われるようになりましたよね。ただ、心の疲労に合わせて、1週間の過ごし方や仕事の取り組み方を変えるところまで設計している会社はほとんどない。

「人の学習」や「人の疲労」の仕組みを理解した上で、最大パフォーマンスを発揮するためのプロセスを設計するという視点は、ビジネスや経営にも応用できるものです。

——特に活用できる部分を一つ教えていただけますか?

例えば、目標設定の仕方は参考にできそうです。会社って、「ビジョンを設定したら、なんとなくそれに向けて努力する」みたいなところがあるじゃないですか。

つまり、ビジョンが戦略や戦術にまでは落とし込まれていなかったり、メンバーに必要な学習、疲労ケアまでは考慮されていなかったりする。それでは、ビジョン達成の確率は下がってしまいます。

また、高い目標を設定するあまり、時間がなく、人の学習がないがしろにされるとしたら、むしろ目標を下げることが、全体のパフォーマンスを高めることもある。適切な難易度の目標を設定することが大切ですね。

プロジェクトに関わる全員の熱量を最大限に引き出す

——マネジメントに関して様々な角度から伺いましたが、TAMの組織マネジメントについてはどう思いますか?

「勝手に幸せになりなはれ」という行動指針や、プロジェクトの目的や戦術を整理するフレームワーク「PGST」は、まさに戦術的ピリオダイゼーションで言うところの、個人の成長やセルフマネジメントに着目した施策だと思います。

一般的に、クリエイティブに強い会社がスティーブ・ジョブズのような強力なトップによって統制が取られているのに比べて、TAMは、各人がそれぞれ自発的にクオリティを高めていくことで成り立っている。それはすばらしいことだと思います。

——あえて課題だと思う部分はありますか?

これは、業界全般に言えることですが、特にデザイナーやエンジニアの心や体の疲労を管理しづらいところでしょうか。案件の同時進行などで時間に追われすぎると、どうしても求められる仕事で精一杯になり、自分がしたい仕事を生み出す余裕もなくなります。

AIに目標をリマインドをしてもらうとか、セルフマネジメントにAIを活用するのもいいかもしれません。

あるいは、案件の過程で作ったボツ案や、誰に依頼されるでもなく作ったアウトプットをまとめて発信し、逆にクライアントを募るような取り組みをしてもいいかもしれません。

そうすれば、そこに集まる人のやりたいことの中からプロジェクトが生まれ、クライアントと受託企業の境目が曖昧になる。スケジュールもコントロールしやすくなるはずですし、それが心や体などセルフマネジメントの出発点になります。

——最後に、中村さんの理想のマネジャー像を教えてもらえますか?

プロジェクトに関わる人のパフォーマンスを最大限発揮することです。お手本にしているのは、TEDの「TED 偉大な指揮者に学ぶリーダーシップ」で出てくる指揮者の在り方。

偉大な指揮者は、メンバーに細かく指示を出してコントロールするわけでも、逆に、放任してまったく指示を出さないわけでもありません。適切な指揮で、個々のメンバーの自由かつ最大限の表現と、曲自体が表現したいものを一致させるという高度なマネジメントを行っています。

プロジェクトにおいても、プロセスに関わるメンバーが「自分を表現できた」「自分で作った」と感じられることが理想です。

そのために、そもそものプロジェクトの作り方も工夫しています。社内のメンバーとよく雑談するんです。興味があることを聞き、それをもとにお客さまへの提案を作ることもあります。

自分にとって、お客さまに与件を聞くのと、社内のメンバーにやりたいことを聞くのは同じこと。すべての与件を満たす提案をしたり、メンバーの目標設定をしたりすることで、お客さまを含む、プロジェクトに関わる全員の熱量やコミットメントを最大限に引き出すことができると考えています。


[取材] 佐藤紹史 [編集] 岡徳之 [撮影] 蔡昀儒


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