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「ママ社員」という言葉は、もうやめよう

先日、『TAM made by people(TMBP)』編集部では「ママ社員座談会」を企画しました。「ママ社員にTAMでの働き方について語ってもらい、女性にとって働きやすい職場環境や組織づくりの秘訣を発信しよう」と考えたのです。けれども出演を打診したある社員から、お叱りの声をいただいてしまいました。

「TMBPは個人を評価して、それぞれのスキルや仕事にフォーカスされているのに、私たちは『ママ』という属性で束にならないと出られないのか・・・・・・と、無力感で涙が出ました。ママを集めて、何を話したらいいですか? イマドキ『ママでないと話せないこと』ってなんでしょう? パパではダメですか? TAMの“パパ社員”がここに出てこないとしたら、なぜですか?」──。

今回は、そんな鋭い指摘をくれたディレクターの伏見ゆずさんと代表取締役の爲廣慎二さんとの対話を通じて、子育てしながら働く女性を”ママ社員”として特別視してしまったTMBP編集部の“価値観のアップデート”を試みます。

イマドキ「ママ社員座談会」って、どうなの?

爲廣 伏見さんからハッキリと「叱って」もらわなきゃと思って、今日は覚悟してきました。

伏見 いや、それこそ「ママ社員座談会」なんてよくある企画なので、わざわざTAMでやる意味あるんかなぁ・・・・・・と思って。ただ、そもそも企画の相談をいただいたタイミングも悪かったんです。

前の日に「30代のうちに仕事のベースになるスキルを蓄積しなければならない」的な記事を読んでいて、確かにそうだけど、私にとっての30代は出産から始まって、3人の子どもの妊娠出産、子育てに追われて、半分も仕事できていない実感があった。とはいえ、子どもを産める時期は限られてるし・・・・・・。

そうモヤモヤしていたときに、「ママ社員で座談会を」って言われたんです。なんかもう、細々としたライフハックの話をしても仕方ないし、言葉にならない気持ちになって・・・・・・「どうすんねん」って。

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爲廣 伏見さんからの意見は、正直思いも寄らなかったんです。「ママは守るもんだ」と思っていたから。なんかこう・・・・・・自分の“昭和”な価値観を痛感しました。「TAMは先進的な働き方だ」と思っていたから、なおさらショックで。

伏見 先進的な働き方であることは間違いないと思うんです。いったん家に帰ってから残りの仕事をするのも可能だし、「○時から○時まで必ずオフィスにいなきゃ」というのもないし。いま私はPM(プロジェクトマネジャー)的な役割というか、運用案件のディレクション業務がメインなんですけど、2015年に入社したときの肩書きはデザイナーだったんですよ。

爲廣 そういや、そうやったね。

伏見 制作補助としてデザインやコーディングを担当していて、そうこうしているうちにディレクション業務も入ってきて・・・・・・。でも、このまま“スキマ産業”みたいなことばかりやってても仕方ないな、と。それで、末っ子の育休から復帰するとき、リーダーに「ディレクション専任でやりたい」と相談して、了承されたんです。

爲廣 どうしてディレクションに専念しようと思ったの?

伏見 私、ある老舗企業のインハウスデザイナーとしてのキャリアが長くて、ワイヤーフレーム書いて、デザインして、プログラミングして・・・・・・「なんでも屋さん」だったんです。で、TAMに来てみたらその真逆で、しっかり分業されていた。そのぶん、間を埋めるような人がいなくて、「こうしたほうがいいかも」とか気づいたことをなんでもやっているうち、特殊な立ち位置になっていたんです。

そうやって、どんどん仕事の領域は増えていったものの、子育ての時間を確保する制約を考えると、どうしてもデザイナーとしてアウトプットする時間が取りにくくて。手を動かすにはまとまった時間が必要だし、新しい知識を吸収しなければならない。そう考えると、ディレクターなら生活者としての気づきや発見がマーケティングにつながるし、クライアントの課題に活かすこともできるかな、って。それで、領域を絞るならディレクターだと思ったんです。

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誰にでも「自分の仕事を他の人にまかせる」状況は起こりうる

爲廣 個人的には女性の働く環境に関して、この10年くらい少し違和感があったんです。TAMには海外の支店がいくつかあるけど、ロンドンにしてもシンガポールにしても、現地で働いているメンバーには女性も多いし、特に時短勤務とかなくて、男性と勤務条件は一緒なんですよ。性別問わずフラットだし、フェアに成果が求められる。

ただ、日本でそれをやるには反発もあるだろうと思っていたんです。特に僕らのような変化の激しい業界で働いていると、女性とかママといった属性に関係なく、新しい考え方や技術を常にアップデートしていかないとできる仕事が減っていってしまう。実際、産休復帰をサポートできず、メンバーにつらい想いをさせてしまった経験もトラウマとして残っているのですが、実はそのトラウマすら“昭和”な思い込みだったのかなぁ、と。

伏見 そうですねぇ・・・・・・私は自分で選んでディレクションの仕事をメインにしていますが、もし時間の制約も何もなかったらこの仕事を選んでいたかというと、正直分かりません。

私は今、ディレクターとしてバランスを取りながら働いているけど、エンジニアもデザイナーもそれぞれのやり方があるはずだから、みんなで模索したほうがいいと思うんです。そのためには母数が増えなければなりません。フリーランスのエンジニアとか、男性で子育てと両立するような働き方を発信する人も増えているから、TAMでもそういう人が出てきたらいいのにって思うんですけどね。

爲廣 TAMでも結構、子どものいる男性社員も多いと思うんだけど。

伏見 確かに、子どものいる男性社員もいるんですけど、あんまり子育てしている感を感じたことがないんです(苦笑)。男女問わずですが「ママだから大変でしょう?」みたいな”ママ枠”に入れられてるなぁって感じることがある。子育ての大変さはママもパパも変わらないはずなのに、ママだけが大変って思われているみたいな。

そういう”ママ枠”からは意識して出るようにしているんですが、例えば勉強会やミーティングが夜に設定されていると「あ、私は対象外なんだな」って思ってしまう。”ママ枠”の人は「スキルアップしなくていい対象」とみなされている気がして。

爲廣 あぁ・・・・・・そういう心境になるのか。全然気づかなかった。すみません。

僕もTAMを27年やってきたけれど、当たり前のように「子どものいる女性社員は育児をするから、子どもが小さいうちは時短勤務。子どもが急に熱を出すこともあるから他の人に代打をお願いできる体制を整えなきゃならない」と考えていました。でも正直なところ、時短勤務だとなかなか重要案件をまかせにくい気もしていて、遠慮する部分もあったんです。

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伏見 私自身、3人の子どもを産んで育てて実感するのは、妊娠してどんな体調になって、その子が生まれてからどのくらいの月齢でどういう発達をして、どんなときにどんな病気にかかりやすいのか、本当にそれぞれなんです。だから、一律に「こんな制度があれば大丈夫」とは言い切れないなぁって。

この間も娘がケガをして、しばらくの間いつもより世話に手間暇がかかるようになってしまったんです。うちは夫も私も両親が遠方に住んでいるので、いざというときでも頼れません。TAMの場合、リーダーに個別相談して「ひとまずこれでやってみようか」って、オーダーメイド的に勤務形態を決められますし、柔軟に対応してもらえるので、ケガが治るまで少し早めに退勤させてもらいました。

爲廣 それなら、よかった。

伏見 だから「ママだから、あまりお願いしないようにしよう」じゃなくて、制度としては最低限のものを用意しつつ、それぞれ個別にどんな働き方がいいのか、細かく対応してもらえるといいんじゃないかと思います。だって子育てに限らず、自分が病気になったり、親を介護しなきゃいけなくなったり、どの社員もいつどうなるかは分からないじゃないですか。

爲廣 確かに、その通りです・・・・・・。

伏見 もちろん働くからには、自分にしかできない仕事をしたいとは思うけど、会社である以上、自分の仕事を他の誰かに預ける可能性を考えておかなければならない。不測の事態で「あの人にしかデータの在処が分からないので、どうにもなりません」なんてことが起こってはいけないし。一人ひとり得意分野があって、だけど「誰がどんな状況でも、フォローし合って補うことができる」会社のほうが強いはず。

だから、「子育て中」の”ママ”に限らず、一人ひとりのあらゆる事態にも対応できるようになってもらえたらいいなと思います。

自分の幸せは自分で決めなきゃいけない

爲廣 ただ、そう言われると、これまでの僕の働き方を否定されているような気もしてきた(苦笑)。仕事以外に取り柄がないというか、「夜遅くまで必死に働くのが男としての仕事だ」みたいな考えが自分の支えになっているところもあって、遊ぼうと思ってもつい働いてしまうんですよ。

伏見 その考え方を否定するつもりはないですが・・・・・・もし自分の夫がそうだったら・・・・・・離婚ですね(笑)。

爲廣 え・・・・・・!?(苦笑)

伏見 私も仕事は好きですし、働けるならどこまでも働きたいタイプなので、夫だけ何の話し合いもなくガーッと仕事ばかりするようなら、さすがにアウトですね。

自分が仕事の比重を増やしたら、その分パートナーの育児負担は増えるので、そこは家族である以上調整は必要です。それと育児は「負担」でもあるけれど、何よりも子どもが成長する過程・・・・・・その瞬間その瞬間、もう二度と戻らない成長を見守る幸せもあるわけで。仕事したい気持ちと子どもと向き合いたい気持ちと、そこはギリギリのバランスを模索しています。

ただ、これは永遠の課題なんでしょうね。どれだけTAMの制度が整っていたとしても、意識が変わらなければ既婚男性の多くはあまり独身時代と変わらない働き方を続けるでしょうし。「どれくらい育児に関わるか」って、会社に決めてもらうことでもないですからね。

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爲廣 やっぱり、個人差があるんでしょうね。僕みたいに育児の「い」も知らないような、平日は子どもと顔を合わせたこともない人もいるし、奥さんは奥さんで「男は外で稼いできて」という人もいる。夫が専業主夫で、妻が大黒柱になっている家族もいるしね。

伏見 私はもし夫が専業主夫になっても、子どもとの時間は減らしたくないなぁ・・・・・・。男性社員で、子どもがいても遅くまで仕事している人をたまに見ますが、そのパートナーの方もきっと葛藤しながらワンオペ育児してるんじゃないかな・・・・・・って、つい心配してしまいます。

だけど、どこまでいっても「どうすれば幸せなのか」は人それぞれ、その人自身が決めることだし、周囲の人には分からないこと。TAMはある意味「大人の文化」で、「仕事はこう、育児はこうしたい」ときちんと伝えたら、もちろん責任は伴うけど自由にやらせてくれる会社なんですよ。ただ、その「幸せ」の状態が自分で見えていないとつらいけど。

爲廣 「勝手に幸せになりなはれ」って言うくらいやからね。

伏見 そう。私、入社して1年くらいなかなか仕事の調節ができなかったんですよ。頼まれたらやらないといけないと思いこんで、自分のキャパシティ以上に仕事を引き受けてしまっていた。でも本当は「できません」って言わなきゃいけなかったんです。自由だからこそ、自律して自分と向き合わなければならない。働き方もそうですよね。

爲廣 「道」を敷かへんからな。だって、自分で道を敷かないと幸せになれへんもん。

伏見 だから、「道を敷いてもらいたい人」には、うちは向かないですね。

一人ひとりが望む働き方ができるように

爲廣 伏見さんから意見をもらうちょっと前に、グーグルのダイバーシティ&インクルージョン施策について知る機会があったんです。グーグルでは、産休、育休明けの社員向けにキャッチアップ研修をやっていて、長期間現場を離れてもスキルや知識を補って復帰できるような仕組みがあるそうなんです。

あぁ、TAMもそういうことをやっていかないといけないのかな、と考えていたので、今日改めて、その必要性を認識しました。「出産」は生物学上、女性しかできないことだけど、「育児」は女性も男性もどちらもできること。だから、会社としても社会としても、出産した女性社員がスムーズに職場復帰できるような枠組みやサポートが必要なんでしょうね。ただ、別に女性社員を必要以上に男性社員と区別しなくていいはず。

伏見 そういうサポート制度があれば、ありがたいですね。ただ、繰り返しになりますが、万人に合った制度ってなかなかないはず。フェイスブックCOOのシェリル・サンドバーグさんの書いた『LEAN IN』を読んだら、私が抱えてきた悩みと同じだったんですよ。子育てと向き合いながら、キャリアとどう両立するか、って。あんなにお金もサポートもあって、優秀な人ですらそういう悩みに直面するなら、そら私もめっちゃ悩むわって妙に納得しました。

だから、「この制度があれば大丈夫」ではなく、つねに会社と社員と、お互いの納得できる妥協点を探りながら、会社としてサポートしてもらえるのであれば、ベストでなくてもベターに近づくのではないでしょうか。

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爲廣 何か他にも「こうしたほうがいい」と思うことはある?

伏見 ちょうどこないだ、納会を昼に開催しましたが、夜なら来れないメンバーが参加できたのはよかったですね。チームが違うと、なかなか普段話す機会がないので、せめて納会ではなるべく多くの人とコミュニケーションを図りたいですし、時間を意識してもらうだけでもだいぶ違ってくるかと思います。

爲廣 確かに。何かセミナーやイベントを開催するにしても、昼にズラすだけで時短社員も参加しやすくなるんですね。

伏見 ・・・・・・そもそも「時短社員」っていう言い方も、モヤっとするんですよね(苦笑)。「ラクでいいよね」みたいに思われがちだけど、気持ち的には「早朝出勤して残業してる」ようなものなんですよ。育児って、自分たちが子どもだったときよりも圧倒的に手がかかるようになってるんです。昔は学校から帰ってきて、勝手に友達の家に遊びに行ったり、一人で習い事に通ったりしてましたけど、いまは防犯上考えられませんからね。

爲廣 そうやなぁ・・・・・・そう考えたらもう、家に帰るころにはヘロヘロやな。「時短」とか「ママ社員」って言葉、やめようか。

伏見 そうですね。とにかく、「こうしたらうまくいく」みたいなハッキリとした解がないのが育児なので、男性もなるべく一緒に模索してほしいんです。比較的若い世代のメンバーと話していると、だいぶ意識も変わってきたかなとは思いますが、爲廣さんはパートナーにまかせきりだったんでしょう?

爲廣 はい、すみません・・・・・・。

伏見 でも、時代も変わってきましたからね。「私のころはもっと大変やった」じゃなくて、これからの世代に“いらぬ苦労”はしてほしくありません。だから、どんな人でも自分の望む働き方ができるように、一人ひとりと向き合ってもらえたらいいなと思います。で、私は私で、子育てがひと段落しても、会社から“お払い箱”にならないように、10、20年後、必要とされる人材になれるようにスキルを磨いていきたいです。

爲廣 伏見さんはディレクションもデザインも、プログラミングもできるから大丈夫。3つのスキルを掛け算したら、なかなか他にはおらんから。

伏見 ありがとうございます(笑)。

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対談を終えて

伏見さんとの対談を終えた夜のこと。オーストラリア人の知人と会食する機会があり、子育て中の社員の処遇について聞いてみました。

すると、オーストラリアでは
・1年の産休・育休を確保すること
・育休明けの契約をパートタイムとして契約すること
・パートタイムからフルタイムに変更可能
・フルタイムに復帰したときは出産前の給与水準を維持すること
などが法律によって厳密に定められているのだそうです。

「子育て中であるかどうかは、人事評価に何も関係ない」「ただ、時間に制約があるぶん、最大限に能力を発揮しようとしている人が多い」と、その方は子育て中の社員について話していました。

TAMでは自分の働き方や給与を社員自身に決めてもらっていますが、産休、育休に入る社員がより安心して職場に復帰できるように、社員一人ひとりの状況に応じて、個別対応を取っていけるような体制を各チームと連携して整えていきたいと思います。(爲廣)

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株式会社TAM ディレクター 伏見ゆず
写真左。1980年横浜生まれ。プログラマー、NPO職員を経てWebデザイナーの道へ。前職はインハウスデザイナーとしてデザインから構築、運用など幅広く担当。TAM入社後はデザイン・コーディングから徐々にディレクションに業務の軸足を移し、第3子の産休・育休復帰後からはディレクター専業に。現在は積水ハウス、コープこうべ、白鶴酒造などを担当。最近ではTAMヨガ部など社内の交流活性化にも力を入れている。
[取材・文] 大矢幸世 [企画・編集] 岡徳之 [撮影] 藤山誠