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「顔の見えない苦しみ」で進化、リモートワークに合った理念ドリブン経営

「28年間会社をやってきて、こんなにも経営の危機を感じていることはありません」――インタビュー中、TAMの爲廣慎二社長は何度となくこの危機感をあらわにしました。

その危機感は、業績や資金繰りなどの問題ではありません。新型コロナウイルスの影響で、リモートワークに移行したことによる「顔の見えない苦しみ」から生まれたもの。それは企業文化の崩壊に対する危機感でした。

直接対面の機会が減り、これまでの「理念ドリブン」が通用しなくなっている新しいリモートワーク時代に、経営者が変えなければならないことと変えてはならないこと、そしてそこから再確認したTAMの文化とはなにか、爲廣さんに話を聞きました。

リモートワークでほころぶ「理念ドリブン」

―リモートワークが中心になって、会社経営の危機を感じておられると。

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 リモートワークに移行して、売り上げは上がっているんです、むしろ効率的ですから。でも、もっとTAMの存在意義に関わる、深刻な危機を直感しています。

 もともと「ビジョンドリブン」とか「理念ドリブン」だと言ってきました。TAMでは「勝手に幸せになりなはれ」「自分で自由にキャリアを作ってください」、これをみんなに浸透しています。

 これまではリアルで顔が見えていたからよかったんですけど、コロナになって顔が見えなくなってしまって、「理念ドリブン」のあり方がそのままでは立ち行かなくなってきた。これは、世の中すべての経営者が苦しんでいくところだと思っています。

 例えば、「ミドリムシで食料危機を救うぞ」とか「携帯電話の費用を下げるぞ」とか、崇高な理念を掲げて、「この山登るぞ」とやってきた。そのモチベーションというのは、みんなで顔を合わせることを前提に維持されてきたんです。

 それがリモートワークになったから「世界の食料危機を救うぞ!みんな、あとよろしく!」では組織として機能しないんですよ。どんな崇高な理念やビジョンであっても。だから、TAMもそういうほころびが出てきているんです。

―「理念ドリブン」のほころびをはじめに感じ始めたのは、なにかきっかけがあったのでしょうか?

 明確なきっかけがあったわけでありません。ただ、リモートワークになってみんなの顔が見えなくなったことで、TAMらしい文化が感じられなくなったんです。経営者として。

 28年もやってきましたから、TAMらしさっていうものがあるんですよね。休みの日もみんなが連れ立って出かけたり、昼2時ぐらいからお菓子を作ってダベっていたり、「TAMくん(TAMのキャラクター)」の人形を作ったり、社内ピッチコンテストのトロフィーの上にTAMくんがついていたり…。

 TAMに対する愛着も含めて、僕の中で一つの文化としてできあがっていたんです。それがこの3月以降、みんなの顔が見えなくなると、28年間で築いてきた僕の中で心地よい文化というものがどんどん崩れていくことにすごく危機感を覚えました。

 お金がなくなったら借りればいいけど、文化がなくなったら会社が潰れるという危機感です。いまでもめちゃくちゃ危機に思っているので、そこに対しては全人生をかけて取り組まないとあかん、と思っています。

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―会社の文化のためには昔のような「リアル対面」がよかったということでしょうか

 昔は社員をプロジェクトに放り込むことで、「オレの背中を見て盗め!」と思ってました。僕もそうやって放り込まれて育ってきたんですけど、修羅場を乗り越えて次のステップにいくことがすごく自信につながってきました。

 でも、今それがなかなかできないんですね。リモートワークになってしまって、「オレの背中を見てついてこい!」は通用しなくなってしまった。だって見えないものは盗みようがないですから。そこがいちばん大きな変化だと思います。

 それでも、働き方自体が大きな移行期にあると思うので、コロナが収束してもそれを無理やり元に戻すというのはナンセンス。週の半分は出社、あとの半分はリモートというように「ブレンデッドワーク」を進めていくべきだと思います。その自然な流れに反しようとは全然思っていないんです。

 ただ、働き方のスタイルが変わる中で、それに合うような理念ドリブンをもう一度構築しなければならないと思っています。リモートワークに合った「理念ドリブン」とか「ビジョンドリブン」とかが要るんです。それは間違いない。

 でもそれがどんなものかを語れる人は、世の中にまだいないんじゃないか。それが今、僕の一番大きなテーマになっています。

もっと理念ありき、もっとビジョンありき

―実際に今、リモートワーク中心になってしまって、どのように社員に理念を伝えていますか?

 今試しているのは、全社でのコミュニケーションの回数を増やすということで、月1回、オンラインで誕生会をしたり、年3回リアルでやっていた全体ミーティングを月1回にしたりしています。

 TAMがどういう方向に向かおうとしていて、経営者がなにを考えているかをちょっとでも分かってほしいので、社員には「月1回、1時間だけ時間をください」と言っています。

 それでも、オンラインでコミュニケーションの回数を増やしたら元に戻れるかというと、同じようにはならないんですね。「もっとビジョンありき、もっと理念ありき」にしなくちゃならないんですよ。

 そこで、TAMのWebサイトの理念と行動指針のページにもいくつか追加しました。

―どのようなことを追加したんですか?

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 「面白いことをしよう!」というTAMの理念がありますが、「面白い」の定義として、「真にお客さまの役に立つということ。それが自分のエッジを形成し、生きる力を鍛え、勝手に幸せになる可能性を広げていく」を追加しました。

 もともと人を管理することをしないTAMだから、みんながちゃんとやっているのは分かるけど、リモートワークになってリアルのコミュニケーションが減る中で、お客さまに満足を提供するということをもう一度、全スタッフが理解をする必要性を感じました。

 もう一つは、「出会いを大事にする」という項目。これは、いろんな人と出会っていろんな経験を積んで、人間として成長してください、ということ。そういう成長がないと「勝手に幸せにはなれへん」というのが僕が込めたメッセージです。

 多様な仲間や多様なお客さまと出会えるというのが、我々受託仕事の最大のメリット。そういう人との出会いからいろんなことを学ぶことで、人として成長してほしいというのを伝えたかったんです。

―理念は大切。一方、今の若い人はそれよりもスキルを求める傾向にあります。

 たしかに理念だけだと、若い人は「なに言うてるんですか?」になるでしょうね。特にTAMは、この2年間でだいぶ若いスタッフが増えました。今は4割ぐらいが20代なんですが、「ビジョンとか理念とかいいから、早くスキルを身につけたい」というのが彼らの本音だと思うんです。

 だから、リモートワーク時代には「もっとビジョンありき、もっと理念ありき」なんだけど、もう一方では会社はスキルを身につける場を用意しなければならない。そのために、まずは真似できる仕事の「型」とか「フレームワーク」を自分たちで多く創り出すことにも今取り組んでいます。

 それから、型とかフレームワークだけじゃなくて、「より良いプロジェクト」も会社として用意していかなければならないと思います。昔みたいに、勝手にプロジェクトに放り込むというような方法はできませんが、先輩と一緒に修羅場を経験するというのはやっぱり大事です。

 「楽しく修羅場を乗り越える」というのが今の若い人たちには向いていると思うので、「楽しい修羅場」を用意することが重要なんだと思います。

 ですから、TAMとしては、スキルをリモートでも身につけられる環境と、人として成長できる場、その両方を用意していかんとダメですね。

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スキルだけでは幸せになれない

―爲廣さんは今まで、「TAMは個人商店の集まり」として、「稼げる人としての成長」を発信されることが多かったと思います。今回はもっと「人としての成長」が強調されています。ニュアンスは変わっているのでしょうか?

 「自分で稼げるようになれ」と28年間言い続けてきましたが、「自分で稼ぐ」というのはやっぱりスキルの問題なんです。

 でも、「それだけではあかん」と気づかされたのが今回のリモートワークへの移行でした。「TAMはスキルを短期間で身につけられる会社です」というだけでは、別にTAMじゃなくてもいいと思ったんです。

 最近、リモートワークになってからどんどんスキル磨きに傾倒して、「スキルさえ伸ばせばいい」という人が増えている感触を持っています。でも、スキルはいずれ陳腐化しますからね。あとからどんどん若い人が出てきて淘汰される。

 年齢関係なく、40~50代でもキャリア的な選択の自由を持っていたいと思うなら、修羅場をくぐったりして「人として」成長していかないと、その先やっていけないと思います。

 いろんな人とコミュニケーションして、交渉できたりとか、人と人をつなげたりとか、そういうことができてはじめて、世の中の役に立てるんじゃないですかね。

―リモートワーク時代の今、SNSなどで社外の人ともつながって学びを得ている人も多いと思います。

 そうだと思いますね。「SNSでつながる人と一緒にスキルを切磋琢磨して、やっていってください」がこれからのリモートの世界になると思うんですが、そうなると、そこにTAMは必要ないんです。

 だとすると、「TAMは短期間にスキルを身につけられる会社」に変わらなければならなくなってしまうんだけれども、それは僕がやろうとしているTAMではない。「勝手に幸せになる力をつけてもらう」という文化のコアが変わってしまうのであれば、僕はTAMを辞めます。それはTAMの存在意義ですから。

 文化自体は進化していくものだと思うんですね。それは経営者自身が勇気を持って受け入れなければならない。でも、文化のコアは変えてはならないと思っています。

―一社だけに留まらず、転職を繰り返して成長していくキャリアについてはどのように考えますか?

 定年退職まで一社で勤め上げるという時代ではなくなったから、ジョブホップしていく選択肢もありだと思います。

 だけど、スキルを身につけるだけじゃなくて、TAMというところにいるときには、多様で変な人たち、いい意味でアホな人たちとたくさんつるむことで人間の幅を広げよう、というのが僕のメッセージです。

 親父も経営者だったんで、僕もとにかくいろんな人と会えと言われて、小学生のときからありとあらゆる人と分け隔てなく付き合ってきました。多様な人からいろいろ吸収するということをみんなにもやってほしい。

 TAMという組織に所属したということが、その人の歴史になると同時に、生きる力とか人として成長できる組織でありたい、というのが僕の願いです。

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―「人として成長できる場」というのは、具体的にはどんな環境なのでしょうか?

 全人格を成長させるというのは、リアルで五感を使って、いろんなことを相手から吸収したり、思わぬ成果とか、偶然の気づきとかを得てはじめて可能になる。

 仕事で人と関わるというのはもちろん大事なことなんですが、仕事以外で関わることもリアルだとたくさんあるじゃないですか。特に社員同士は。服装でも立ち振る舞いでもいい、その五感による情報が大事なんです。

 そうした五感を使った経験を積まないと、僕は人としての成長はないと思っているので、会社として用意できるのはブレンデッドワークをちゃんとできる環境を整えていくことだと思っています。

 コロナの間は粛々とオンラインでできることをやるしかない。オンラインでコミットする回数を増やすしかないかな、と思います。

 でもどこかで必ず収束はしますからね。そのときにやっぱりリモートとリアルをうまく融合していくことで、スキルだけじゃなく、人としての成長の場を創る。それがTAMという会社です。

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[取材・編集] 岡徳之 [構成] 山本直子 [撮影] 藤山誠