「権限移譲2.0」現場の力を最高に引きだす、これからの権限移譲のあり方
どんなに経営陣が「うちは現場主義、多くの権限を現場に与えている」と言っても、現場からすると上層部に権限が集中し、予算取りをはじめ、細かい意思決定フローが幾重にも敷かれている、そんな状況にある会社は散見されます。
しかし、それが行き過ぎた場合、プロジェクトの開始や施策の実行に至るまでに多大な時間がかかるだけでなく、その間に現場の士気が下がったり、ときには当初設定していた命題自体が陳腐化してしまったりするリスクさえあります。
いま、この変化の激しい時代においては、新しい権限移譲のあり方=「権限移譲2.0」が求められていると言えないでしょうか?
新しい権限移譲のあり方を模索し、ボトムアップ型のミーティング開催やITツール導入による管理削減など、新しい組織づくりに挑んでいるのがTAMのクラウドサービスチームを率いるリーダーの二階堂仁さんです。
移り変わる技術や顧客のニーズを的確に捉え、それに応えることで組織パフォーマンスを最大化すべく、モノやサービスの作り方自体も変えていく。そのために必要な現場の力をより引きだす「権限移譲2.0」について、話を聞きました。
根回しとりん議書にやられる「権限移譲1.0」
今回いただいた「権限移譲」というテーマを聞いて思い浮かべるのは、新卒でプログラマーとして入社した会社でのサラリーマン時代のことです。絶対的な権限を持つオーナー社長と、その下にいる各部の部長にりん議を通すのですが、そのための根回しや書類作成が大変で、小さい提案一つ通すのにも神経をすり減らしていました。
その会社は縦社会の雰囲気が色濃くて、朝礼や社訓を大切にしていました。上司より先に帰るなんてあり得ない。上司が部屋に入ってきたら大きな声で「お疲れ様です」と挨拶するとか、すごい怖い営業の人がいるとか(苦笑)。ワンマンタイプの社長が「おもしろそうだからやるぞ」と言ったことが、そのまま降りてくることもありました。
その後、東京のWeb制作会社に転職しました。その会社はWeb業界らしいフラットな雰囲気で、前職時代にあっためんどうくさい人間関係や意味の分からない苦労はそこまで感じませんでした。「やりたい」と手を挙げて、予算が取れればやらせてくれる自由さがありました。
それでも、どんな規模の提案であっても社長までりん議を通さなければいけなかったので、書類的なわずらわしさは残っていましたし、その手前の部長レイヤーで出し戻しが何度もある、なんてことは日常茶飯事でした。
僕が考える「権限移譲1.0」とは、そうした組織のあり方なのかなと。これが大企業となると、オーナー社長がいる小さい会社やWeb業界にはない、僕が経験したことのないような苦労がもっとあるんだろうと思いますが。
その後、独立してWeb制作会社を作り、その代表を退任した後に出会ったのが、TAMでした。スタッフはみんな和気あいあいとしていて、個性豊かな人が多くて。当時はまだ単なるWeb制作会社でしたが、それにしては大きな会社で、なのにラフな雰囲気。「自分に合いそうだ」と思い、2015年の春、大阪支社にWebディレクターとして入社しました。
「権限移譲2.0」へ。管理を削減、ボトムアップ型会議
TAMは僕が入社したときすでに、チームごとに経営管理を行うカンパニー制を導入していました。各チームのリーダーが営業や採用の計画を決めるので、新しくモノごとを発案して進めていくのは、それまでの職場に比べればかなりスムーズでした。
とはいえ当時は、まだまだヒエラルキーみたいなところはあって。例えば、技術にそこまで詳しくないディレクターが案件内容をすべてを決めて、デザイナーやエンジニアに指示して作らせる、といった具合に。お客さんからのウケはよかったのかもしれないけど、それで苦労して炎上する、みたいなことが起きていました。
本当は、技術や制作工程に精通していないと、適切な見積もりやスケジュールは作れないですよね。Web制作業界では今でもよくあることなのかもしれませんが、ディレクターが上で、クリエイターが下、ディレクターに権限が集中している・・・・・・これって「権限移譲1.0」的なあり方だなと思っていたんです。
そうではなく、クライアントへの提案はもちろん、制作に入ってからも、技術に詳しいクリエイターの知見や意見がすばやく柔軟にプロジェクトに反映されるのが望ましい。そのために、ディレクターとクリエイターが相互に、円滑なコミュニケーションを取れるような組織に、自分のチームからしていきました。
まずは、今でいう「Slack」のようなチャットツールを導入し、ディレクターとクリエイター間の意思疎通をスムーズに。あとは、ディレクターが技術について知るべきこと、それをどうデザイナー、エンジニアに伝えるか、そのための社内勉強会を開いたりも。それによってディレクターによる管理の仕事は大幅に削減されました。
なにか新しいツールを導入したいときも、社長の爲廣さんにまで相談しなくていいことになっています。チームだけで話し合って、まずは案件で試してみる。そこにりん議は要らない。それでうまくいけば社内全体に広げていく。もし爲廣さんに相談したいことが発生しても、「ちょっといいですか?」とすぐに話しかけられるくらい、距離は近いですし。
そういった現場から出てくるアイデアを拾い上げるために、ボトムアップ型のミーティングも実施しています。「権限移譲1.0」でありがちな、お題が上から降りてきて、現場は指示されたままに動くようなやり方では、やらされ感があるじゃないですか。ですから「PGST」というフレームワークを使いながら、ボトムアップで出てきた観点を交えて議論しています。
具体的には、「PGST」とは、チームの「Purpose(目的)・Goal(目標・指標・KPI)・Strategy(戦略)・Tactics(戦術)」の略なのですが、これをリーダーが中心となって、チームで洗い出します。
それにもとづいて週に1度、チームリーダーが爲廣さんとミーティング。月に1度はチームの経理担当も交えて、業績の報告会。3半期に1度は全チームリーダーが大阪に集まって、今後の大きな方向性を話し合ったり、リーダーたちが考えている経営戦略をお互いに確認し合ったりします。
こうやって、「社長(爲廣さん)〜チームリーダー〜現場」が双方向にコミュニケーションを取りながら仕事を進めているので、細かいところまで上から指示されて動いている感じは、現場にはありません。だからこそしんどいこともありますけど、それをこの人数でやれているというのはすごいんだろうなと。
大前提として、スタッフ同士の信頼関係、それを支える土台となる会社のカルチャーはあると思います。TAMの企業理念は「勝手に幸せになりなはれ」。みんなもういい大人なので、誰かに管理されず、自分で決めてやろうという考えです。休みたいときは休んで、働きたいときは働く。勤務時間や場所に縛られることもない。スタッフが自分で決められる範囲が大きい会社だと思います。
「権限移譲2.0」を実践していくコツ
今、インターンの大学生も、本人さえ望めば学生の正社員として雇用することも考えています。彼ら彼女らにもできるだけ会社の情報を公開し、社員と同じような働き方ができるようにする。そのほうが、若い人たちの成長は早いですし、それにITリテラシーが高いので思う存分、力を発揮してくれると思います。
そうなると、上司の役割も変わっていくでしょうね。スタッフに一方的に教えるんじゃなくて、スタッフになにか聞かれたら答える。いわゆる「上司」らしい感じはあんまり出さずに、チームの方向性を伝えて「みんなで一緒に頑張ろう」と鼓舞する。そういうバランス感覚や余裕が必要になるでしょう。
チームの方向性とは、お客さんが重視するもの、チームが向かいたい先、チーム運営のポリシーといったことです。一方で、具体的なこと——例えばプロセスやスケジュール、使っていく技術などはスタッフで意見を出しあって、組み立てていくのが理想的だと思います。
ときには、リーダーが考えている方向性が時代に合っていないということも起こり得ます。ですから、やはりスタッフが率直に意見を言えるような環境づくりは大事です。一人ひとりと面談をしたり、飲み会や雑談をしたりして、スタッフの考えや思いを引き出すようにしています。
だけど最近は、むしろ言いたいことははっきりと言い、変な気を遣わない「大人な若者」が増えているように思います。少なくともTAMには「指示してくれないと困る」という人はいないですね。
上司は部下に「考え方」を伝えることはできるかもしれませんが、スキルなど専門性については現場にいる部下のほうが詳しい、ということも最近ではしばしば。上司は自分を過信しすぎず、スタッフを信じることが重要になるでしょう。
この「率直に話し合う」というのは、チーム内だけでなく、クライアントに対しても同じです。
「これまでとはやり方は変わりますが、このツールを使えば作業工数を減らしながらクオリティを上げられますよ」だとか、きちんと説明すれば、理解していただけるシーンは増えています。「レガシーな会社だからダメ。きっと分かってもらえない」というわけでもありません。プロジェクトをより良くするために、率直に、分かりやすく伝える義務はこちらにあるんだと思います。
TAMだけでなく、こうした「権限移譲2.0」のあり方が広がっていけば、若い人たちがどんどん提案して、モノごとを動かしていけようになる。そうすれば、世界に通用するような面白いサービスが日本から出てくるはずです。そういう未来のほうが、ワクワクしませんか?
株式会社TAM クラウドサービス連携開発 チームリーダー/プロジェクトマネージャー 二階堂仁
基幹系システムのエンジニアよりWebディレクターになり10年余り。大規模Webサイト開発、クラウド連携開発を多数経験。TAMではプロジェクトマネージャーとして活動。ハワイが好きで毎年行ってます。
[取材・文] 水玉綾 [企画・編集] 岡徳之 [撮影] 藤山誠